ねむい

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば

左遷をたどって。

例の「〇〇高校掲示板」には、やたらめったら出身高校とか偏差値にこだわるオッサンが登場するんですね。

 

それが私はずっと不思議で不思議で、本当に不思議で仕方がなかったんですけど、ここ数日ちゃんと読めていなかった新聞を、今日、パラパラと何日分もまとめてめくっていたら、とても興味深い記事を見つけました。

 

私が下手に要約したらおかしなことになりそうなので、記事をそのまま転記します。

 

 

 

【左遷をたどってⅡ】 (2018/7/13 朝日新聞夕刊)

 

 これほどひどいとは思っていなかった。

 神戸学院大教授の中野雅至さん(54)はキャリア官僚として、旧労働省(現厚生労働省)に入って間もない頃、複数の先輩から言われた。

 「よく入れたねえ。これからどうするつもりなの」

 「あなたは不利だよ」

東大法学部卒ではなく、私大文学部卒の学歴では「出世レースから外れ、そのうち左遷されるよ」と言いたいようだった。そんな先輩達は東大卒でない人ばかりだった。

 25歳で入省した中野さんは、地元の市役所に勤務後、一念発起して官僚になった「変わり種」。自分が「エリート」だと思ったことはないが、仕事ではなく、学歴だけで差別する目線が嫌だった。

 

 省内では人事が最大の関心事だった。出世しそうなポストについた東大卒の先輩に対し、ゴマをする人もいた。左遷されれば離れていく。

 入省した1990年はバブル絶頂期。若手政治家に「教えてやる」という態度で接する自信満々の幹部もいた。

「盤石」と考えられていた官僚システム。学歴は出世を予想する重要な指標だった。

 ところが、バブル崩壊後、学歴は以前ほど重視されず、人事は不透明化した。「官僚バッシング」や「政治主導」の動きが強まる中で、人間関係の不条理で心が折れない「人間力」が高い人の出世が目立つようになった。

 

 中野さんは政治家との折衝や部内の調整が得意なタイプだった。学歴で見下した先輩たちの態度も変わった。

 空気は変わった。しかし、旧厚生省に出向した33歳の時に「官僚を辞め、大学教授になろう」と決心した。

 あるとき、国会議員にレクチャーするため、上司と部屋を訪れた。大勢の官僚が順番を待っていた。すると、秘書が電話で「部屋が役人臭いのよ」と大声で友人と話すのが聞こえた。権力者のそばで偉そうに話す秘書。それを注意しない政治家。官僚達は聞こえないふりをしていた。無力感でいっぱいになった。

 

 「政治主導」が進み、官僚の地位が低下すると、自信をなくした幹部たちは政治家に萎縮するようになった。政治家にゴマをするのは自分の考えを政策に反映する手段だったはずだ。しかし、次第に自分の出世を願い、左遷を避けるために「ゴマをする人たちが増えていった」と思う。 

 

 仕事をすればするほど、政策への意見を自分の言葉で世間に伝えたい気持ちが強まった。中野さんは、新潟県庁に出向した際、大学院で博士号を取得。苦労の末、大学の教員公募に合格した。 

 39歳で厚労省を辞める直前、仲の良い先輩から「あまり、うれしそうな顔をするな」と注意された。「辞めたい人もいる。嫌われるぞ」。同僚には政治家に振り回される仕事や自分のキャリアの行方について、憂鬱な気分を感じる人もいた。

 大学に転職した中野さんは、有識者として厚労省の会議に数回呼ばれたことがある。かつての同僚たちと省内ですれ違ったが、ほとんどの人は無言で通り過ぎた。

 廊下は暗かった。 (古屋聡一)

 

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中央省庁と奈良県庁では、「学歴」のレベルが違いすぎますけどねえ・・

奈良県庁では出身高校が最も重要みたいです。(全員高卒?)

 

「廊下は暗かった。」

という締めくくり方が小粋ですね。素晴らしい。

 

「政治家に振り回される仕事や自分のキャリアの行方について、憂鬱な気分を感じる人もいた。」

 

これは、奈良県庁で働く人達にも当てはまりそうですよね? 

定年後の再就職先確保とか。

 

政治家に振り回されてる人だらけなんでしょうかね、奈良県職員も。

私は奈良県庁で働いたことないから知らんけど。

だけどトップ(知事)が変われば庁内の雰囲気もガラリと変わる可能性有りかも ♪

県庁の廊下が明るくなるかも知れませんね。

 

ちなみにこの記事に出てくる中野雅至さんという方は、奈良県大和郡山市出身で、もと大和郡山市職員です。

この人、奈良の政治家になってくれへんかな?

権力志向じゃないんでしょうけど、、